2019年06月29日

「わかるってからできる」より「速くできる」ことが一番大切

 私はずっと、勉強は、「わかりたい」「と思った時に、「わかるように」説明してもらうと、たいていのことは、わかるはずである。と考えてきました。ですから、塾を始めたときは、「落ちこぼれ」という言葉が盛んに言われていた時代でもあったので、「落ちこぼれではなく、落ちこぼしだ」と考え、だれにでも「わかるように説明する」ことを目標にした塾を目指してきました。「勉強がわからない」という生徒に出会った時は、この生徒はこれまで、わかるように教えてもらえなかったんだなと考え、その生徒の「わからない」という気持ちに沿って、言葉を探しながら説明することを心掛けていました。そして、全国の学校の先生が、一人一人の生徒にわかるように教えてくれる社会になればよいと考えてきました。

 しかし、私の考えも少しずつ変わってきました。というのは、「みんながみんなわかりたいと思っているとは限らないというか、どちらかというと、わかりたいと思っている生徒のほうが少ないのではないか?」と思うようになったのです。(今さら、何を言ってるの?)と思われるかもしれませんが、私にとっては大きな発見なのです。そのような生徒たちは、「わかりたい」という気持ちが湧く前に、次から次と課題に追われています。ですから、彼らにとって一番大切なのは、迫ってくる課題を「さっさと」終わらせることになりました。「わかる」までの時間をできる限り少なくし、「速く解答しないといけない」と考えないと時間内に終わらせることができません。その気持ちは、私にも理解できますが、ひとつ二つの解き方の暗記ならまだしも、時間のかかる問題の解き方を十も二十も暗記するとなると、混乱し、一問も解けないことだって起きかねないので、私はとても勧めることはできません。

 この現実をどう受け止めたらよいのか、いろいろ考えてきました。多くの生徒たちは受験を控えています。そして、その受験(センター試験など)は、「短い時間で、より多くの問題に、正確に答えが出せること」を競わせるものがほとんどです。「できるまでの時間」は少しでも短いほうが良いと考えるのは当然です。最近やっと、私は生徒が一番必要と感じていることを応援するだけでよいと思えるようになりました。

 今の試験は、「わかっていること」より、速くできることのほうが成功する可能性が大きいのです。これからも、この流れは変わらない様子です。今の社会は、心や人生を豊かにするはずの勉強が、生徒を追い立てて、「わかりたいという気持ち」を摘んでいるように見えます。私は、生徒たちが勉強嫌いになるのではないかと気になって仕方がありません。今は、「わかること」よりも、生徒たちが、勉強が嫌いにならないでほしいし、追い立てられて不安になった気持ちが少しでも楽になり、元気が出ればいいと考えるようになりました。
 
posted by 池見 at 12:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月24日

「でも、読みたくないんです・・・」

 高卒認定試験で数学を受検する生徒のほとんどは、中学校のころから、嫌いになったり、「自分はできない意識」を植え付けられてきたようです。ですから、単純に「やってこなかったから、やってみよう!」という気持ちでテキストに向かう生徒はあまりいません。しかし、数学は必修科目ですので、高校で数学の単位が認定されていなければ、必ず受けなければなりません。

 「やらずに済むなら・・」と思っていることを、仕方なくやらなければいけないとき、人は、「できるだけ簡単に終わらせたい」と思うのが普通です。数学についていえば、「早く計算して終わらせたい」と思うようです。問題を見たら、すぐに計算を始めようとするのです。いくつかの問題は、見てすぐに手を動かして答えが出てくるものがあります。でも、合格点を取るためには、問題を見てどんな計算をすべきなのか、考えなければいけません。「できない」「わからない」と言い出す生徒の言葉の意味は、「この問題はどういう計算をすればいいかわからない」と言っているように聞こえます。

 そんな時、「問題文をよく読んで」と私は言います。時には、「声に出して読んでみて」と言うと、すぐに「あっ」と言って、分からなかったことがわかることもあります。中には計算の仕組みや方法を説明すると「あっそうか!」と言って解決するときもあります。解き終わった後で私は、「ちゃんと問題文を読めば解き方はわかるもんだよ」とか「きちんと方法を守れば正しい答えは出てくるもんだよ」と話します。私はそんなとき、「勉強は、分かろうと思った時、分かるように説明されたら、分かる」ということと、社会(文科省)が、必要だと言っている高卒程度の数学は、大体このくらいのことだよ」とを伝えたいと思っています。生徒から「そうですね」と言ってもらえると、勘違いかもしれないけれど、私の言いたいことは伝わったと感じてきました。

 しかし、先日話した生徒は「そうだけれど…」と、「でも・・、僕は数学が好きじゃないから、やっぱり問題文を読みたいと思わないです」と言われました。「勉強はできないと嫌いになるもの。特に数学は、出来るようになると、必ず好きになる」と言われてきました。そして、教師は、「ほら!出来るようになると楽しいだろ!」などと、感情を無意識に押し付けているものです。本当は、「出来る、ようになっても、やっぱり好きになれないから…」と言って、尻込みする生徒もいることを久しぶりに気付かされました。教師の言葉に迎合しない生徒は貴重です。「楽しい」とか「好き」と言う感情は、人に言われて湧いてくるのではなく、本人の心の中から自然に湧いてくるものなのに、教師は「生徒が解けると」、ついうれしくなってしまうのです。
posted by 池見 at 14:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月23日

忙しさが増している子どもたち


 昔は小中学校の夏休みと言えば、7月下旬から始まり、9月初旬に2学期が始まる(大体40日以上ある)学校がほとんどだったと思いますが、最近は8月31日まで夏休みがある小中学校は5割を切っているという記事(3/30 朝日新聞)がありました。文部科学省の調査で分かったのですが、学習指導要領の改定などに伴って、授業時数が増えていることが要因ということでした。

 文科省は授業時数の計画などについて、約2年に1回、全国の公立小中学校を対象に調べていて、2018年度は、小学校など1万9671校、中学校など9532校に調査し、夏季休業期間の計画についても初めて、小5と中1について聞いたということでした。その結果、小5の平均は、37.3日、中1は36.9日で,30日以下だった学校が、小中とも1割以上あり、8月31日より前に終わっていたのは、小5で54.0%、中1で58.1%もあったということです。

 学校の先生たちの忙しさ。働きすぎについては、これまで報道されていましたが、いつの間にか、子どもたちも学校生活の中で時間に追われていたのです。子どもたちの忙しさの原因の多くは、塾(受験)や、お稽古・部活動などが理由と言われることがほとんどでしたので、私は、「そんなこと、関係ないよ」とマイペースで学校生活を送っている子どもは、それほど時間に追い立てられずに、その子なりのペースで生活できているのではないかと思っていました。

 大人たちの世界では、「働き方改革」という言葉があふれています。「改革」という言葉は、今よりも良くなることを意味しますので、これからの社会は、少しでも働きやすくなるのかなと思ってしまいますが、この言葉が現れてから、労働環境・条件が少しでも良くなったという話を私は聞いたことがありません。高齢になっても、働き続けなければいけない人が多くなりました。しかし、その働き方は、年齢や体力に応じた内容に変わることはなく、若い人と同じ仕事量をこなさなければいけないし、待遇も、不安定なパート労働を要求されている人がたくさんいます。

 大人たちの多くが、仕事や時間に追われています。しかし、大人たちは、あまり文句も言わないで、家族のためにと考えて頑張っています。大人が頑張っていれば、子どもたちに「ひもじい思い」や、「辛い思い」を感じさせることなく、豊かに暮らしていけるはずと思っています。しかし、大人たちが気付かないうちに、子どもたちも時間に追われる学校生活になっていたのです。それも、一部の私立学校だけではなく、公立の、どこにでもある学校の子どもたちまでが、時間に追われていることが分かったのです。子どもたちの成長には、「何にも縛られることのない時間」はとても重要です。私は、新しい時代には、文字通り「働き方が改革」されて、大人の時間も子どもの時間もゆっくり流れることを祈っています。
posted by 池見 at 14:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする