2018年09月28日

睡眠

 最近はTVのCMや新聞広告で、睡眠導入剤の広告を見かけることがよくあります。また、本屋さんに行けば、「良い睡眠・悪い睡眠」とか「睡眠は一日○○時間で十分」とか「頭の良い人の睡眠法」などと言うタイトルの本もよく見かけます。こんなに睡眠に関する情報があふれているということは、世の中には睡眠のことで悩んだり、困っている人がたくさんいるということなのだと思います。確かに、最近の労働条件・環境は、私が若かったころと比べてとても厳しくなったように思います。労働時間が長かったり、労働単価が低かったり、労働内容が濃密だったり、より単純になったり。そして、人間関係も複雑(?)というか、薄っぺらになり、仲間ができにくかったり、話をする相手もいなくて孤独になっているようです。私の子どたちの職場の話を聞いても、世の中のサラリーマンは皆大変なんだなと思っています。

 私は、幸せなことに、マイペースで仕事をすることができていますので、睡眠について考えることはないのですが、最近睡眠で悩んでいる若者が多いことに気が付きました。ある日「授業中にすぐ眠くなってしまうので何とかしないといけないと思って、自律神経を直す本を買ってきました」と突然私に話し始めた生徒がいました。彼は、いつも眠くなっても頑張ってノートをとり、講義を聞こうと努力をしているけれど、いつの間にかウトウト・・。ノートの字はミミズが這ったようになり、授業が終わったときには先生の話も全く頭に入っていないと言います。ですから、何とかしなければと真剣に考えているのです。

 また、私が出勤した時(11時ころ)に机に突っ伏して眠っている生徒もいます。「どうしたのかな?」と思い、スタッフに聞くと、「彼は毎朝始業時に必ず登校しているんだけれど、今の時間になるといつもあーなんです。」と言います。毎朝きちんと登校することはよいことなのかもしれないけれど、私は「もっとゆっくり寝てからくればいいのに?」と思いながら見守っています。彼は、「今朝は、いつまでも寝てるんじゃないわよ!と怒られました。」と話してくれた時がありました。

 また、別の日「最近、全然寝れないので医者に行こうと思って、インターネットで睡眠外来を調べたのですが、数か月先まで予約でいっぱいで断られました。仕方がないので別の病院に行ったら、不眠症だと言われ、薬をもらってきました」と話した生徒もいます。

 私は、彼らの話を聞いていて「若者たちに何が起きているのか」とても気になり、心配です。「寝る子はよく育つ」と言われますが、何が彼らから健やかな睡眠を奪っているのでしょうか?そして今の社会は大人だけではなく、若者たちも「睡眠について」悩む状態になったようです。
posted by 池見 at 17:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月27日

史上最も暑い夏

 このタイトルは、8/25の新聞に(朝日新聞)載っていた記事の見出しです。内容は、気象庁が、6〜8月の平均気温(8/22現在)について、東日本(関東甲信、東海、北陸)では平年値を1.6度上回り、統計を取り始めた1946年以降、最も高くなっていると発表したというものです。きっとこの記事は間違っていないと思いますが、私は新聞の見出しに「史上最も暑い」という言葉を使うことに、何かの意図があるのではないか(?)と気になって仕方がありません。

 気象現象は地球が生まれてからずっとある現象です。人類の始まりの猿人が誕生してから200万年ほど、我々の祖先と言われる新人が誕生してから20万年が経っているといわれています。我々人類が経験した年数は20万年以上あるということになります。しかし、今回の報道で語られている「史上」という言葉には、記事にもあるように統計を取り始めて70年ほどの時間の経過しか意味を持っていません。

 我が国の最初の気象観測所は、1872年に函館に開設されたそうです。ですから、気象のデータというものは、最大でも150年程度の時間の経過しか意味を持っていないのです。当然、観測所の数も位置も変化していると思います。さらに、測定地点の様子なども随分変化していると考えられます。このようなことを考えると「今年の夏の甲子園で、大阪桐蔭高校が成し遂げた『史上初の春夏2連覇』というときの「史上」とはずいぶん意味が違います。

 「史上初めての○○」という言い方はいろいろなところで見かけることがあります。どれも確かに「史上初めて」の出来事が起きたのでしょうが、その時間の長さや意味するものはそれぞれ違います。私たちは、平均で80歳程度しか生きることができませんから、生まれて初めてのことは「史上初めての○○」と考えてしまいますが、地震や火山の噴火のことを考えてみると、「数百年に一度の確率で起こる」という話をよく聞きます。私たちが一生のうちに体験しないこともいろいろあるということです。

 でも私たちは、「史上初めての○○」という言葉に出会ったとき、単純に「それはすごいことだ!」とか、「それは大変だ!」と大騒ぎになったりすることがあります。よく見てみると、ただ「スゴイゾ!」ということなのか、○○年に一度くらいの自然の変化が起きたということなのか(?)きちんと検証しないとわりません。しかし、その検証は我々庶民にはほとんど不可能です。まず、どこにデータがあるのか知りませんし、さらに、データがあったとして、読み解く力もありませんから、専門家に頼らざるを得ません。でも、それをどう読み解くかは、専門家(?)の数だけあるから、誰を信じてよいかとても悩みます。「甲子園の2連覇」のような、特に生活に深刻な影響を及ぼさないことなら、「へぇー」と言って楽しんですましていても問題はありませんが、前述の気象のような日々の生活に影響を及ぼすことについては、慎重にならざるを得ません。「史上」という言葉に出会った時は、答えを急がず、慎重に記事を読み考えたいと思います。
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2018年07月27日

科学的根拠って?

例えば「この話には、科学的根拠がある」と言ったとき、私は、文字通り(?)「その話は、科学の方法に合致して合理的・客観的に説明ができるものだ」と受け止めていました。最近は「科学的根拠」と言わず「エビデンス」というらしいのですが、意味は同じだと思っていました。しかし、健康に関する特別番組(バラエティ・ワイドショーなど)を見ていると、「あれっ!」数年前に言っていたことと話が違う!」と思うことがよくあります。

何時の話も「この話には、ちゃんとエビデンスがあります」と言っていたはずです。それなのに、話が変わったというだけではなく、 時には「以前の話は、間違っています」と堂々と語られるときもあります。一体その都度語られてきた「科学的根拠って何なんだ」と思って、「エビデンス」という言葉をウィキペディアで調べてみました。

「エビデンスとは、証拠・根拠、証言、形跡などを意味する英語evidenceに由来する、外来の日本語。一般用語として使われることは少なく、多くは、学術用語や業界用語としてそれぞれに異なる意味合いで使われている」と書いてあります。さらに医学・保健医療の用語の欄を見ると、「エビデンスは、医療行為において治療法を選択する際「確率的な情報」として、少しでも多くの患者にとって安全で効果のある治療方法を選ぶ際に指針として利用される。――中略――。この分野において、「エビデンスがある」と言えば、一般的には「科学的根拠」という意味であり、「エビデンス・レベル」は、個々の修正が適切であれば、確率の『信頼度』と言い換えることができる。」と書いてあります。

えっ「エビデンス・レベルって何??」と思ったら、その先に「エビデンスレベル分類」が載っていました。レベルの表には、1a・1b・2a・2b・3・4・5・6と8段階になっていて、一番下の6の欄には、専門家個人の意見と書いてあります。それを見た時私は、「エビデンスがある」と聞いたとき、まず「それは専門家個人の意見」として聞きなさいと言われたような気がしました。そう受け止めると、今まで不思議に感じていたことが一瞬に解決したような気がしました。

私がこどものころ、「今は、20世紀・科学の時代だ」と言われ、「原子力の平和利用」が語られ、子どもの本には「鉄腕アトム」が登場しました。科学は、正しいもの(こと)に近づくための方法であり、「科学的に明らか(説明)にされたこ」とは、「真実が明らかになった」ことぐらいの意味で考えてきました。21世紀になり、{そんなことはない!}とわかったのですが、私の身体は「科学」という言葉を聞くと、子どものころの感覚で受け止めてしまっていたようです。子どものころに染み付いた感覚は、年をとっても、なかなか払しょくできないんですね。
posted by 池見 at 15:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする